つかまり立ちができるようになったことで、今度は、「歩いてみようか!」とPT先生が言った。
文章だと展開が早く感じるが、この時点で事故から4ヶ月位経っている。外は桜も散っていた。
いきなり歩けるわけがないので、病棟の廊下の手摺につかまって、最初はほんの2mくらいで練習した。
まだやっと立てるようになったレベルなので、たった2mでも足を前に出すこと自体が難しかった。
加えて、つま先がバレリーナ状態で硬直していることで、かかとを地面に付けることができなかったので、傍目から見ると’忍び足’で歩いてるような光景だ。
それでも、自分の体重をかけることが1番の近道だとPT先生が言うので、かかとを地面につけるイメージを持ちながら2mを歩いた。
ちなみに、かかとは地上から8cm浮いた状態で硬直していた。私は常にピンヒールを履いている状態だった。
(また追い追い書くが、この8センチ浮上のかかとが地面にちゃんと付くようになったのは、事故から1年5ヶ月後のことだった。)
『立つ』も毎日、回数の積み重ねだった。
『歩く』もまた、ここからだった。
2mから少しずつ伸ばしていく。
今度は、毎日少しずつ”歩いた”。最初はコの字型の歩行器で1歩ずつ、それができるようになったらキャスター付きの歩行器で1mずつ距離を伸ばして歩いた。
毎日、毎日、少しずつ…。病棟の廊下を1人もくもくと歩く練習をした。
廊下には私以外で単独でリハビリをしている人はほとんどいなかった。
何でみんなやらないんだろう…。
私がもくもくと練習をしていると、同室のおばあちゃんからよく声をかけられた。「あんた、よく頑張るねー、若いから頑張れるんだねー」
若いから…?
若いからなのかな…。私は逆に、なんでみんな自主練しないの?って思うけど…。確かに、病棟にいる入院患者さんの中では私は若い方だけど…、ほんとにそれが…’やるかやらないか’の違い?
私は元の自分に戻りたくてやっている。できていたことが、できない、なんて認めたくない。またできるようになる。またできるようになりたい。だから…やっている。
そこに若さは関係ある…?
私ももっと年を重ねていたら、そう考えたんだろうか…。
私には、やらない理由は無い。