先日、実家の両親を家に招いた。
一通り我が家を案内すると、リビングでお茶を出し、しばし歓談
父親はもともと無口な方だから、母親がずっと、ずーっと喋っていた
移動中の車の中でも、喋り続ける母親
たまにようやく話す父親の言葉すら遮り、なにしろ母親がずーっと喋っていた笑
話の大半は、実家近くにいた私の同級生の名前の羅列…
私でも忘れかけていた私の同級生の名前を、母親はこれでもかと出してくる
懐かしい!
いたいた!○○ちゃん!○○君!
私は、母親の出す私の同級生の名前に感嘆の声を出す
母親は84歳になる
その記憶力たるや…、おそるべし
挙げ句に、同級生の兄弟の名前まで出してくる
なんでそんなに知ってるんだ…、なんでそんなに覚えてるや笑
私でも覚えてないのに、どういうことだ
これはボケることは無いなと、安心と驚愕の連続
父親もこんなに喋る母親と一緒に居るんだから、ボケる暇は無いな…笑
さらには、いろんな親戚の名前を出して…
母親の追憶トーク全開の1日だった
私の家に居る時は、私の事故の時の話もしていた
みんなが事故の時のことを話すことを私に遠慮している
家族自身、思い出したくないと言う感情もあったりする
私は事故の時の話をするのは嫌ではない
むしろ、コロナ禍での長期入院で家族の様子が全くわからなかったから
知りたい
母親はそういう意味で、遠慮なく喋ってくれる
聞いてなくても…笑
あんな悲惨な事故
おかげで不自由になった私の身体
でも、忘れたい と思ったことは無い
むしろ、忘れてはいけない とさえ思っている
自分への戒めとして
生きることへの執着として
不自由との共存として…。
両親が帰ったあと、1人になった時
事故の時のことを思い出して…、泣いた
でも、それでいい
こうして何度も泣いて
何度も思い出して泣いて
忘れない
忘れてはいけない記憶
84歳母親の驚異の記憶力、まだまだ
使わせて頂きます